そういう経緯であきさんは詳しい訳ですね、納得しました。
別に手術そのものを否定するつもりはありませんし、あきさんは経過も良さそうですから、されて良かったと思いますよ。
ただもしも私のところにも同様の患者さんが来られた場合には、あきさんが先に相談された数件の先生方と同様に、「お勧めしない派」・・ということです。
テクニック的にも自信もないですしね。
さてエムドゲインについては、その様な使用の仕方は結構される様です。
説明も受けられているかとは思いますが、エムドゲインというのはブタから採取した(と言っても加熱処理など複雑な工程は経ているのですが・・)タンパク質です。
そのタンパク質の中に、何やら色々と細胞の成長因子が含まれていて、「何だか歯周組織の再生(誘導)に効果があるぞ!」という画期的(?)な歯周組織再生療法用に認可されているお薬です。
このタンパク質中の、どの因子とどの因子が歯周組織の再生に役立っているのかは実はよく分かっていないのですが、何だか良い訳ですね。
で、基本的な使用法としましては、「局所的に進行している歯周病」のところに、「1個人に1回まで限定」で使用できる薬です。
「局所的に進行している歯周病」
というのは、歯肉剥離掻爬術(以下FOP)の際に歯ぐきをめくって、骨の形を実際に目で見てようやく確認が出来ます。
歯に隣接する骨の欠損が、横幅2mm以上、縦幅4mm以上(歯周ポケットは6mm以上)の細くて深い形態をしている場合が適応症とされ、この条件を満たさない場合には薬を使わない場合(普通のFOP)と差が出ないとされています。
(Enamel matrix derivative (EMDOGAIN) in the treatment of intrabony periodontal defects. Journal of Clinical Periodontology 1997 Heijl L et al)
論文はこちら
ですから本来の適切な適応症というのは意外に少ないんです。
(あきさんの様に、歯肉移植手術で使用するのはダメではないのですが、その効果については高く評価されている訳ではないと思います)
でこの夢の薬の効果が実際にどれほどあるのかと言えば、過去にも何度か話題に上っている、世界一信頼できるコクラン(Cochrane)という機関によるレビュー(世界中のほぼ全てのデータをまとめたもの)によれば、
普通のFOPと比較して・・
PAL(上皮性付着起きている一番歯冠部よりの位置)の改善:
1.2mm(95%CI: 0.7-1.7)
PPD(歯周ポケットの深さ)の改善:
0.8mm(95%CI: 0.5-1.0)
(※95%CIというのは、統計学用語で真の数値が95%の可能性で以下の幅の中に含まれていますよ、という意味。この幅が広いとデータの信頼性も怪しく?なります)
Enamel matrix derivative (Emdogain) for periodontal tissue regeneration in intrabony defects. Cochrane Database Syst Rev. 2005 Oct Esposito M, Grusovin MG, Coulthard P, Worthington HV.
論文はこちら
なんだそうです。
(専門雑誌などでは3mmも4mmも骨が回復している様に見えるものもよく見られますが、正確に統計するとこれぐらいの様です)
因みに、ですが、エムドゲインで実際に再生した、様に見える人(!)の歯周組織を、せっかく再生したのに切り出して病理組織を観察してみると、10症例中たった3症例だけが「真の再生」をしており、残りはちょっと違う形をしていたという報告もあります。
(※臨床的にはそれ自体は大した問題ではありません)
Histologic evaluation of periodontal healing in humans following regenerative therapy with enamel matrix derivative. A 10-case series. J Periodontol. 2000 May
Yukna RA, Mellonig JT.
論文はこちら
「1個人に1回まで限定」
というのについては、意外と知られていないのですが、エムドゲインは動物由来の成分のために、1回目の使用は問題ないものの、2回目にはアレルギー性のショックが起きる可能性が完全には否定は出来ないため(※前例がある訳ではないです)、一応メーカーの指示としてはそうなっています。
という訳でかなりややこしい説明になってしまいましたが、エムドゲインという薬自体は、夢の歯周組織再生療法専用のお薬として90年代ぐらいに華々しく(?)現れたものの、その効果としてはいまいちエキセントリックでない・・という薬だったということです。
ただこの薬の素晴らしい点は、どんなに歯周外科の苦手な先生が使用したとしても、使用しない場合よりもかえって結果が悪くなる、ということがありません。
私も何度も使用していますが、臨床的な感じとしては何となく治りの良い感じはやっぱりありますね。
「1個人に1回まで」という縛りもあるのでその説明は必要ですが、お金に余裕がもしもあれば、「ワラをもつかみたい様な歯周外科」の場合にはダメもとで使ってみたい・・かな?というお薬です。
(このあたりは先生ごとの考え方にもよるかとは思います・・)
ですからあきさんの場合歯肉移植術という難しい手術でしたから、効果があるかどうかはよくわかりませんが、使えるなら使ってみたい・・かな?というお薬にはなりますので、一応適切。ということになるかと思います。
(※過去の臨床研究論文でも、信頼度は低いながらも歯肉移植にはエムドゲインを使った方が成果が上がりそう・・みたいな論文はいくつかあったと思います)
我ながら回りくどい説明になってしまいましたが、こんな説明で大体理解して頂けましたでしょうか?
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