こんばんは。
Mさんも板ばさみみたいになっちゃって、大変ですね。
ラバーダムの話をすると、歯医者的には身の危険もあるのですが、患者さんが自分の身を守るのには大切な情報だと信じていますし、若い先生も読まれることがありますから、敢えて書いていきますね。(長くなりそう・・)
Mさんの担当の先生の様におっしゃる先生は多いですよ。
実際、全く同じことを言う先生を何人か見たことがあります。
大学では習いませんから当然といえば当然、得意分野が違う・・ということで、仕方のないことかも知れません。
で、その件は置いておいて、医学的に話をしていきます。
関東の某新興住宅地(※全国各地から急に人口が流入してきていた地域)で開業されている先生が、医院に来院された初診の患者さんのお口の状況を記録して、雑誌に掲載されたデータがあります。
つまり、日本人の平均的な治療を受けてきた人たちの状況、と言っていいと思います。
【初診患者2,339名の61,532歯をレントゲン上にて調べた結果】
・根尖病変(根っこの先端に黒い影が写った歯)の割合 73.52%
記録の仕方に問題があった可能性は否定できませんが(ご本人もそのことは記載されてます)、これは諸外国のデータと比べて異様に高いのです。
引き続き抜粋させて頂くと、
ポルトガル | 27.0% | スイス | 31.0% | スウェーデン | 31.0% | 米国 | 31.3% | ノルウェー | 38.0% | オランダ | 39.2% | ベルギー | 40.4% | イギリス | 58.1% | ドイツ | 61.0% |
なのだそうです。
このあたりの数値なら、私も知っている様な数字とほぼ一致します。
でこの先生が面白かったのは、この後、「それでは日本人の歯医者の根管充填が特別下手くそなのか?」という事も同時にレントゲンから記録されたんですね。
・根管充填(白く写るお薬)が不十分なものの割合 55.36%
(短いとかぼそぼそとか長すぎるとか)
この数値は、もしかしたら低い様にも感じるでしょうが、これまた諸外国のデータと比較してみたところ、恐いほど数字が近似、つまり同じレベルっぽい・・という事なんですね。
ここから先は”憶測”になるのかも知れませんが、何故日本人だけ根管治療の成功率がこんなに低いのかを考えると、ラバーダムに代表される様な、日本人歯科医師の、細菌感染に関する基礎知識のなさが原因ではないかと思えてなりません。
(専門でもなんでもない私ごときが気が引けますけど・・)
Mさんの担当の先生が言われたとおり、世の中(空気中、器具など)菌だらけですし、特に”ヘリ”についている様な菌(プラーク)には根尖病変を引き起こすとされる菌も含まれる可能性がありますから、無視する訳にはいきません。
ただ、菌の種類や特性についての知識が若干必要だと思います。
根尖病変を引き起こすとされる菌については大体特定されていて、空気中の菌や器具の菌ではなくてお口の中にいる菌です。
まあ、可能性がないこともないでしょうけど・・。
参考⇒根管治療の途中からラバーダムをするのでは遅いですか?
根管充填をすると、あとは密閉されてしまいますから、お口の菌の中(300〜500種類)でも、『酸素がなくても平気で、身体の中にあるもの(血液など)を栄養にして繁殖できる菌』しか生き残れません。(深い歯周ポケットと同じ環境ですね)
ということで、試しにそういう菌だけを根管治療のステップごとにサンプリングして培養した写真をアップします。
(酸素をなくして体温ぐらいの気温+栄養素は血液と同じ成分のみという環境で2週間ぐらいの培養をしています。)
【拡大】
1)
はラバーダムしただけの状態で、やっぱり細菌が検出されています。
2)
はラバーダム、”ヘリ”を消毒した後です。菌が検出されてないので、これで治療中新たに混入させる危険はないかな?と判断できます。(この時に使用した薬剤については後述します)
3)
は水を使って、それまで根管の中に入れてあった消毒薬を取り除いたところです。それまでの消毒が上手く行ってない場合は菌が検出されます。
4)
はその日の消毒が終わって、最後に薬をまた入れて仮の蓋をする直前です。万が一、途中でラバーダムの隙間などから新たに菌を混入してないか、その日の消毒が十分だったかの確認になります。
こういう検査法(嫌気培養と言います)にも、問題がないとは言えないのですが、かなり参考になると思います。
大学病院だったらもしかすると頼めばしてもらえるかも知れません。
(※実は保険点数もつくのですが、この方法は特殊な設備・費用が必要なため、普段からやられる先生はまずいらっしゃいません。現在私も使用しているもう少し簡便な方法もあるのですが、検査の精度は更に落ちると思います。)
もうクドイかも知れませんが、根管治療の成功率についても触れておきます。
過去の研究論文では、
(研究者名/発表年/治療後の観察期間/成功率 の順)
Sjogren et al. | (1990) | 8~10年 | 91% | Murphy | (1991) | ~2年 | 46% | Jurcak | (1993) | 1~1.3年 | 89% | Friedman | (1995) | 0.5~1.5年 | 78% | Caliskan & Sen | (1996) | 2~5年 | 81% | Strindberg | (1956) | ~10年 | 83% | Grahnen & Hanssen | (1961) | 4~5年 | 82% | Adenubi & Pule | (1976) | 5~7年 | 88% | Jokinen | (1978) | 2~7年 | 53% | Barbakou | (1980) | 1~9年 | 87% | Bystrom | (1987) | 2~5年 | 85% | Molven & Halse | (1988) | 10~17年 | 80% |
※成功とは・・
「症状がなく且つレントゲン上では正常な歯根膜腔が存在すると見られる状態」
参考⇒これは、いわゆる「根管治療で失敗したケース」でしょうか?
だそうです。
こういった論文の中から初回治療(抜髄、未治療の感染根管)、再治療(すでに根管充填してある、再治療の感染根管)を分けて、なおかつ研究の仕方がしっかりしていて、観察年数も統計学的に統一して計算して、なおかつ「ラバーダムをきちんと使用しているもの」に限ってデータをまとめていくと、
抜髄 | → | 86% | (95%CI 84.2-87.8) | 未治療の感染根管 | → | 80% | (95%CI 78.5-81.5) | 再治療の感染根管 | → | 56% | (95%CI 51.8-60.2) |
となるそうです。
(95%CIとは、統計学的な考え方で、「この数字の範囲の中に、95%の確率で”真実”の値が含まれていますよ」という意味。範囲が広くなるほど統計の信憑性が怪しくなります)
(※宮下裕志先生による統計 歯界展望 2001 vol.97より)
「ラバーダムをきちんと使用していなかった」Jokinen(1978)の論文の内容については、以下の回答の中でも触れています。
参考⇒根っこの治療(根管治療)に高周波治療は有効?
・・ということですから、同じ成功率の数値を引用するにしても、途中のステップやテクニックが違えば結果は当然変わります。
歯の形も色々ですので、Mさんの今回の歯(左上6番)だと特に難しい歯ですね。
上手な先生にきちんとやってもらっても90%以下、ラバーなしなら50%以下と考えるのが妥当だと思います。せめて大学病院に行かれた方が、いいかも知れませんね。
(話はそれますが、サイトで色んな”確率”をまとめてしまった田尾先生には、本当に頭が下がる思いです。田尾先生とは元々知り合いでもなかったのですが、私の少ない知識で読んでみても不審な”確率”ってなかったですから、まとめるのには大変な苦労をされたことと思いますよ。因みに私は大体、「読んだ人から聞いた話」で楽してます・・。)
以下、患者さん向けではない内容になります。
【ラバーダム装着後の消毒について】
私は30%オキシドールを暫くつけて→5%Jを暫く使います。
理由としては、以下の結果を参考にしています。
Moller(1966)の一連の研究(3部作)によると・・
1.
ヨード(J)5%以上の濃度であれば、1分以上消毒すればラバーダムの汚れは消毒できる。(※細菌は成熟してない状態)
2.
成熟した細菌(バイオフィルム=プラーク)はJのみ、あるいはH2O2(オキシドール)のみでは消毒できなかった。H2O2 30%とJ5%の併用が数分必要。
3.
無菌になる時間の組み合わせ(↓上下でペアです)
H2O2(30%) | 2分 | 3分 | 4分 | 5分 | J(5%) | 7分 | 3分 | 2分 | 1分 |
とのことです。
ただし、30%のオキシドールは、ラバーダムに慣れてない様な先生が使用すると、隙間から口の中に漏れて化学ヤケドを起こしてしまう猛烈な濃度なので、あまり安易には真似しないで貰いたいのですが・・。
私もさすがに合計6分はおいてませんし(※それでも上記の培養検査で検出されなかったので)、オキシドールの代わりに歯ブラシなどを使用される先生もいらっしゃいます。
聞いた話では米国の専門医でもJしか使用しない様ですから、細かい薬剤や濃度については必ずしも重要視されてなさそうです。
ただ少なくとも、ラバーダムをしただけではまだ処置を始めず、なんらかの消毒は必要だと思います。
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